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女子大生のメンヘラブログ(仮)

文学部に通う京都の女子大生のブログ。メンヘラです。情緒が不安定すぎます。内容に意味はないので見逃してください。

読書ブログ?やめますたwwwwwwww

 や、やめたわけではないけど、純粋な読書ブログとしてやっていくのは無理な気がしたので結局普通のブログにします。というのも、ここ最近心がしんどいので、そのはけぐちにしようとおもったわけです。はい、今日からこのブログはただの病みブログと化しました。はい。解散解散。さよなら~~~~~^^

 所詮昔からなんも変わっちゃいないってことですよ。中高もぐちゃぐちゃな感情文章にしてブログに書いてたんですけどね、それは高校卒業とともにやめたんですけど、結局大学生になってもこうやってね、ネットで吐き出すことしかできないんすよね、ハハッワロス

 ということで、死なないために、しんどくなったらここに書き出しますね。もうね、勝手に病んで友達にその感情押し付けるとかいうね、迷惑極まりないことは極力したくないんですよね。ブログやめてからはツイッターでボンボンはきだしてたんですけど、どうせならタイピングの練習(笑)がてら、文章力向上(笑)も狙いつつ、ブログにかくようにします。

 中学のときにネトゲにドはまりしてタイピング能力は鍛えられたんですけど、それが右手人差し指一本でタイピングしてたもんで、両手のタイピング全然できないんすよね~~~~やばくないすか?大学はいってレポートかくようになってやっと人並みに両手でもできるようになったけどもね。ははは。

 はーーーーーーーーーーーーしにてえ

ほんとにこう、なに?なんなんだろう。わたし昨日今日と二日意味もなく全休してんすよ。なんかこのままいくと明日も全休しそうで怖くてもう今日寝たくね~や。

今日は普通にいくつもりだったんですけど、なんでだろ、朝起きる気ゼロで。や、ほんとにゼロだったんです。目覚ましは鳴ってるの気付いてるし朝一限美術史あるのも理解してたんですけど、なんでか全然起き上がろうとおもえなくて。で、結局一限二限さよなら~っすよ。どうしよう。これはただ五月病ってことでいいんだろうか?でも明日はしんでもいかねば。ってかいてはみるけど、実際明日大学に行くビジョン全く立ってないんですよね、今。はーーーーーーわろける大学卒業できそうにないわろけるなきたいしにたいどうしよう。なんでこうなったんだ。わからん。とにかくなにもしたくない。大学もいきたうないし勉強もしたくないし生きていたくない寝て朝がきてほしくないもうしにたい生きてる実感がないひきこもりニートってよく生きてられますね。私もう耐えらんないですよ。今年の2月くらいからヒキニートですけどもうひどい私の情緒崩壊寸前です。よく自殺しないな。や、煽ってるわけじゃなくて、本当にそうおもって。死ぬ勇気はないってことなのかな?だったら私も一緒。死にたい死にたい言うても、結局死ぬ勇気なんてないんです。生き地獄です。もうどうしようもない、人生どんづまりです。なんでこうなったんだ。高校まではわりと順調に進んでいたのきがしたのだが。きのせいだったのか。はははっははははh・

 もうかえりたい。どこへ?地元?かえってもどうしようもない。もうどうしようもないんです。ここまできちゃった。あとには一歩も戻れない。くるしい。つらい。産道通って戻りたい。小学生ころにもどりたい。引っ越したころくらいにもdりたい。あんときは自我すらまともに芽生えてなかったような気がするようなしないような。なんにも考えてなかったからなあ。ゲームして、友達と遊んで、休日連休は家族とおでかけして、たのしかった、たのしかった。なんも悩むことも迷うことも不安になるkともなかった。なんなんだ。この世は???????????みんな何が楽しく生きてんだ?なんでわたしだけがこんなつらい思いしてなきゃならんのだ?なんで私だけがこんなつまんないんだ?なんで?わたしは人間じゃないんじゃないかって、不安になるときがあるんですよ。だってさ、私のまわりのひと普通に生きてんすもん。普通に生活して何食わぬ顔でいきてんすもん。なんでわたしだけ?なんで?わたしがおかしいんでしょ?わたしが人間じゃないから、みんなみたいにいきてけないんでしょ?っだってそうじゃん、わたしみたいに一人暮らししてて、友達もそんないそうじゃなくて、なのにちゃんと大学きてるしいきてるじゃん。?なに>それともみんんあ綿sのしらないとおで楽しいことがあるの?居場所があるの?生きがいでもあんの?なんなの?ほんとなんなの?もうむりこんなのばからしすぎる。しにたい。しにたくないけど。、でももっと楽しくいきたい。もうつらいどうにかしてほしい。

 いいとこでくぎりつけないというまでも書いてそうだから。今日はここまで。おかしいな、ちっとも心が晴れない(笑)なんで(笑)

あーーーーーーーーーしにたい。ここ二日誰とも喋ってない。しにたい、どうしようもない。しにたい。エンドレス。脳みそ腐ってんね、はは。さよーなら

 

くるり/『ワールズエンド・スーパーノヴァ』

 

 

 

 

 午前3時、私はくるりのワールズエンドスーパーノヴァを聴いた。

 

 高校生のころも聴いたことがあったが、その時は聴き流していた。

退屈な曲だと思った。

 

 でもどうしてか、今の私には聴き流すことができなかった。

 

歌詞全てが私の思考に刺さり、

メロディが喉に詰まる。

聴いているだけで情緒が振り切れるような心地がして、

何に悲しんでいるのかわからぬままに涙が流れる。

それでも、ずっと聴いていたいと思う。

 

 私は常々、曲を聴いて涙を流すとき、音楽に生かされているなと感じる。

 

どんな素晴らしい文章でも

どんな美しい景色でも

どんな立派な人の話でもなくて

 

馬鹿みたいにくだらない

どうしようもなく生き辛い

そんな私の世界を一瞬で変えてくれるのは音楽だ

そう感じるのである。

 

 

僕らいつでもべそかいてばかり

朝が来ないまま

 

いつまでもこのままでいい

それは嘘間違ってる

 

僕らいつも考えて忘れて

どこまでもゆける

 

 

ワールズエンド・スーパーノヴァ

ワールズエンド・スーパーノヴァ

 

 

 

 

 

 

川端康成『眠れる美女』

 

 川端康成といえば『雪国』伊豆の踊子が有名だ。あえてそこを読まずにこの本を読んだのは、文学少女気取りゆえか、はたまたただの変態か。(両方です)

 

  眠れる美女は、衰えた老人たちが前後不覚に眠らされた若い生娘たちの傍らで一夜を過ごすことができるという館に、主人公の江口が知人の紹介で訪れるというところから始まる。
 

 しかし、老人は決して彼女たちを「性」の対象として見ていない。いや、もはや見ることができないと言った方が適切だろうか。彼らは男ではなく、老いによってただ死を待つだけの老人なのである。

 そんな枯れきった老人たちは彼女たちに何を見ているのか。それは「生」「死」だ。彼女たちの白くみずみずしい乳房、生暖かい寝息、においたつ暖かさを透して自らの老いと迫りくる死を見ると共に、生の恵みを享受している。彼らにとって彼女たちは、一人の人間ではなく命そのものなのである。

 江口は、それを老いのみにくさ、情けなさであると思うが、自分もそのような老人になるのはそう遠くないと感じるのだった。
 そうしてすっかり慣れた四度目の夜、江口は母の夢から目覚めると横に眠っていた娘の心臓がとまっていることに気付く。
 
 

 

 作中に、

『夜が用意してくれるもの、蟇、黒犬、水死人のたぐい』

 

 という引用がある。調べてみると、中城ふみ子という戦後の代表的な歌人の詩らしい。私は知らなかったが、有名な歌人なのだろうか。私が書くと「夜が用意してくれるもの、不安、絶望、逃避行のループ」となる。ひどい夜だ。
 

 小説は情景描写がしっかりとしていて読んでいると頭の中でその場面を思い描くことができるわけだが、この作品では娘たちの描写が多い。いや、それは当たり前なのだが、個人的に口の描写が特に細かい気がする。

 八重歯が小さいだの歯が乾いているのが濡れてなめらかになっただの口に小指をつっこんでみただの、かなりフェチズムを感じる。川端康成口フェチなのか?因みに、谷崎潤一郎足フェチではないかと私は思っている。そして私はふとももフェチである。(どうでもいい)
 

 この作品のオチについて。私の読みが浅いのだろうが、どうもオチが良くないというか、それで終わり?と思ってしまった。

 母の夢から目覚めたあと江口は色黒の娘が冷たくなっているのに気づく。色黒の娘の伏線は電気毛布、鼓動の弱さ、脂汗のことかなと思ったが、母との関連性がわからない。最初の女が母で最後の女が色黒の娘?どちらも死んだことによって江口が男ではなく老い衰えた老人になったという暗示?

 それくらいしか私には考えが及ばなかった。もしそれだけなら、この終わりはちょっとつまらないというか、微妙。なんだかぶっきらぼうに感じる。『眠れる美女』という題名ならば、最後はパッと目を覚まして「うわ!ジジイきも!」くらいの捨て台詞を吐いて颯爽と去っていってほしいものだ。

  

 正直私にはこの老人たちの気持ちがわからなかった。つい先日19になったばかりの小娘に、老いのみにくさやら生のよろこびやらがわかるはずない。むしろ眠らされる側の人間であるし。今の私はまだこの作品の本当の意味を理解できないが、いつか自分も眠れる若いイケメンの横で、死の恐怖に震えながら少しでも若さを吸いたくなった時が来たら、また読んでみようと思う。

 

 最後に、一番印象に残った文章を。

 

 「してみれば『眠れる美女』は仏のようなものではないか。そして生き身である。娘の若いはだやにおいは、そういうあわれな老人どもをゆるしなぐさめるようなのであろう。」
 

 

 

 

眠れる美女 (新潮文庫)

眠れる美女 (新潮文庫)